2024/10/08 17:15

長崎県諫早市に本社を構える、1957年創業の板金精密加工メーカーである日本べネックス。

普段は社会を縁の下で支える産業機器を手がけている同社が2021年にローンチしたプロジェクトが〈EETAL(イータル)〉です。


プロダクトのシリーズごとに外部からデザイナーを起用し、デザイナーのもつ独自の視点から板金という素材を用い、新しい表現を追求した作品が生み出されています。このEETALプロジェクトは、当時日本べネックスへUターンで転職したばかりの木下昂士郎さんの提案から始まりました。


日本べネックスの主となる事業は精密板金加工技術によって大型映像装置、産業・メカトロ機器、空調冷熱機器などといった製品を設計から製造までを自社工場で一貫生産すること。

受注した仕事をいかに早く、正確に、安く仕上げるかという観点で取り組んできた会社で、木下さんは九州最大級とされる自社工場を見学し、その設備の充実や、そこで働く職人の意識の高さ、技術の高さに感銘を受けたそう。

「美容家電メーカーという全くの別業種から日本べネックスに入って。前職も自社製品のある会社だったんですけど、そこはファブレス(自社工場を持たない)の会社だったので、企画とか設計は自社でやるけど、実際に製品を作るのは中国や台湾といった海外でした。

だから、工場と直接やりとりするのも、出来上がったものに対してフィードバックをするという流れで、生産現場を実際に見ている訳ではなかったんです。

それで今回は自社に工場がある、しかも板金という、全てが違うようなところだったんですが、僕が入社してすぐに工場の中で見学させていただいた時に、素材がどうこうというよりも”すごいものを作ってるんだ”、っていうのをめちゃくちゃ感じまして。

社会で必要なものだし、誰しもが目にしているものなんだけど、どこで誰が作っているかなんて全く知らないもの。それをここで本当に作ってるんだっていうところに感動を覚えて。」

そう木下さんが話す通り、自社工場で生み出されるほとんどの製品は作り手として公表されることもない。きな仕事を手がけているにもかかわらず、静かに黙々と、社会を支えるための機器を製造していました。

そんな現状を見て、「これだけ高い技術を持っているのに、それを誰が作ったのかも公表されない産業機器だけを作っているのはもったいない」と。

そこで木下さんは何か新しい表現のできる取り組みができないかと模索し始めたそう。


「入社時にも既存事業を伸ばして欲しいとは言われなかった」という木下さん。

様々な仕事を経てきた木下さんに、会社としてもこれまでにない取り組み、例えば自分たちの作ったものを胸を張って言えるような仕事、職人の技術をより伸ばすことのできる仕事。必然的に縮小していく業界の中で働いてみたいと思えるような魅力のある仕事を生み出してくれることに期待を寄せていたのかもしれません。

「板金という素材は、ごく薄い金属の板のこと。”折り紙のような感じですね”と、関わるデザイナーは口を揃えます。

しかし、紙のような汎用性がある一方で、紙よりも強度があり、もちろん質感も違う。そしてこれを正確にカットし、曲げ、繋げ、塗装することで、世の中のいたるところで板金が使用されています。

これ以上板金で新しい表現はできないという限界はない、可能性を限りなく追求できる素材です」。

そして、前述したEETALプロジェクトが動き出します。

初めは社内で提案し、最初のデザイナーとしてプロダクトデザイナーの清水久和さんを選ばれました。

「EETALの構想をしている時は誰にお願いしたい、というのは最初なくて。ただ、最初のシリーズになるので社内での承認をどう得るかということ、面白いものを作る必要性というのは感じていたので、そうなった時にやはりプロダクトデザインをメインにされている方が良いんじゃないかと。

それでリサーチを重ねていく中で、Canon IXY DIGITALシリーズというマスに向けたデザインをされる一方で、チューチューシャンデリアのようなクレイジーな表現をされていたりする清水さんは振り幅があって面白いなと思って、この人と一緒にやればこれまでにない表現ができるのかも、と思ったのが最初でした。

幼い頃、誰もが好んだチューチューアイスを333本使ったシャンデリア。点灯するとあたり一面にあまい香りが広がる。長崎県美術館蔵。

引用元:https://www.japandesign.ne.jp/kiriyama/157_hisakazu_shimizu/chu_chu_chandelier/

その後に清水さんが日本べネックスと同じ長崎県諫早市出身ということを知って、そこでもう勝手に縁を感じて、お願いするしかないと。少し裏側の話もすると、同じ諫早市の出身と言うと社内でも話を通しやすいとも思ったんですよ。

それで伝えて、会社としてもそれはもうやった方がいいでしょう、となりました。」

社内での提案を経て、EETALプロジェクトが正式に動き出す中、木下さんが初めに自分の中で決めていたことが3つあったそう。

「まず最初に、デザイナーファーストであるということ。だからこちらからこういう製品を作りたいという風にデザイナーに要求は一切せずに、今、この時代に板金を使って何を表現しますか?というざっくりした話から進んでいくので、実験的な取り組みにはなってしまいますし、そこから生まれてきたものが不完全なものになる可能性もあります。

でも、そういう実験的な取り組みがこぼれ落ちてしまいやすい時代だからこそ、僕は逆にそこに面白さや興味があったので、デザイナーファーストで作ったものが本当に面白いと信じてやっています。

あと、あくまで自社には本業の事業があるので、その上で新しいことをするとなれば、やっぱりある種のエッジが立ったようなものをやらない限りはつまらなくなってしまう気がしていました。

次に、EETALを通して自分たちの技術もしっかり磨きましょうということ。

産業製品以外を作るということは、デザイナーと議論を重ねながらどういう素材をどの厚みで、どういう作り方をしていくのかをゼロから話し合っていくこと。その過程が職人にとっても新しい刺激になるのではないかと思っています。

やっぱり産業製品というものは与えられた図面をいかに早く、正確に安く作るかだけを求められてしまうので、このデザインは何のためで、どういう人が使うんだろう?というのを立ち止まって深く考えることがいらないといいますか。

そうではない作り方ができるとなると、手先よりも頭の技術力がすごくつくはずだと思ったので、どのデザイナーと取り組む時にも一緒に会議に参加してもらって、みんなで一緒に話し合って作ることにしています。

こうして出来上がったプロダクトは製品だけに実があるのではなくて、製作していくプロセスを享受できる経験だったり、デザイナーの仕事に対する姿勢だったり、テクニックだったり、素材の使い方だったり。もっと言うとカルチャー的な部分だったり、そういう副産物的に得られるものがたくさんあって、実はそっちの方が本当の意味で会社にとってもポジティブな影響なのかもしれません。

そして最後がすごい大事なんですけど、ちゃんと儲けましょう、と。

ビジネスとして成り立たせようという、そこがもちろん僕の仕事でもあるんですけど。デザイナーファーストでやるし、自分たちの技術力ももちろん磨くし。

でもそれが誰からも評価されないというのはすごく悲しいことだし、精神衛生面で考えてもそれでは続けられないなと思っていて。


だからきちんとした形で発表をしてお金も儲けないと、ずっと赤字ですではなんか違う気がしています。儲かる、というのは評価されているというひとつの基準でもあると思うので、人に響かなくていいとは思っていない。やっぱり響いて、大きな利益にはならないかもしれないけれど、ちゃんと回収できるところまではもっていきたいですね。」

転職から自社でのものづくりに感銘を受け、新事業としてEETALプロジェクトを始めるに至った木下さん。

そうして生まれた最初のシリーズである、『SUITE』、今回発売した『OSUMO』シリーズについては、次回更新の記事で詳しく伺いたいと思います。

後編はこちらからご覧ください。

https://www.ma-store.net/blog/2024/10/12/142719